土曜の発表は所定の時間をオーヴァーしたため、終了後は大慌てで会場を撤収した。粗忽者の小生はDVDを再生機器に残したまま忘れて帰ってしまった。
なので今日は改めて早稲田大学に取って返し、桑野教授に御挨拶がてら研究室までディスク回収に赴いた。ついでに演劇博物館で特集展示「
ソ連バレエにおけるシェイクスピア」をちょっと拝見。小部屋を更に半分に仕切った小スペースの展示なので、とやかく云っても始まらないが、プロコフィエフの『ロミオとジュリエット』に関して、元々の発案者である演出家セルゲイ・ラードロフの存在を平然と無視しているのに暗澹となる。なんと非礼なことよ。せめて名前くらい言及すべきぢゃないのか。企画者の見識を疑う。
Nec amor, nec sapientia.
学内の銀杏並木はまだ黄と緑の入り混じった中間色、黄に染まるのは来週あたりか。俄かに空腹を覚えたので家人と遅めの昼食。前にも来た定食屋「
お食事処 たかはし」である。𩸽
(ほっけ)の焼き魚も、銀鯥
(むつ)の煮つけも美味しくてご飯が進むこと進むこと。新米なのだそうで飯も旨い。
そのあと
大隈庭園で食後の散歩。抜けるような青空を背景に木立は秋色まさに漲り今が見頃である。陽当たりのよい芝生で寛ぐ学生たちが羨ましい。
折角の秋日和なので大隈講堂脇を抜けて新目白通りへ。始発駅から
都電荒川線に乗り込む。都電に乗車するのは何年ぶりだろう。いつの間にか沿線の景色が様変わりして、マンションばかり建ち並ぶのにやや興醒め。かつては民家の軒先を掠めるように走ったものなのだが。それでも面影橋から学習院下を経て、目白通りの高架下を抜け鬼子母神前あたりまでの鄙びた眺めには心和む。このままずっと乗っていたかったが、後ろ髪を引かれる思いで大塚駅前にて下車。
大塚からはJRで駒込へ。改札を出て交叉点を渡るとそこはもう
六義園だ。ただし目前にある通用門はいつも閉まっていて入口は反対側なので延々と商店街を歩かされるのは難儀だが致し方ない。車道の路肩には大型の観光バスが何台も停まっている。三分ほど行って右折するとやっと正門が見える。ふう。
流石にここは都内屈指の紅葉の名所、切符売場には十数人が列をなしている。今がまさに見頃なのだ。入園券を手にすると逸る心を抑えて進むとパッと視野が開ける。なんという眺めだろう、言葉を失うほどに素晴らしい。滴るような赤に染まった紅葉樹が園内のここにも、あそこにも。とりわけ見事に色づいているのは櫨(はぜ)の木だ。濃紺の空を背に燃えるような真紅の輝きが目に眩いほど。それに比べれば楓(かえで)の赤はぐっと渋いが、こちらも滋味豊かな美しさ。池を巡って歩くと喩えようのない無上の法悦感に包まれる。
人出はかなりのものだが、園内は広大なのでさして混み合った印象はない。半時間ほどすると喉が乾いてきたので誘われるように茶店に足を向け、しばし一服。家人は抹茶と和菓子、小生は甘酒を頂戴する。遠方近方に点在する赤や黄の木立を眺めていると時の経つのを忘れる。都心にこれだけ広壮な庭園が残るのは奇蹟に近い。小石川後楽園よりもずっと池が大きいし、眺めも壮大。木立の向こうのビルやマンションはうまい具合に木立で隠され、深山幽谷に身を置いているのだと思い込むことだって可能である。そうなると気分はもう柳澤吉保だ。
一時間ほど園内を歩いたらだいぶ日が傾いてきた。風もひんやりしてきたのでそろそろ帰り支度。売店で土産に「柚子羊羹」を購めると徐ろに撤退。もと来た道を駒込駅まで取って返し、あとは電車を乗り継いで帰宅の途に就く。
地元に戻ると思いがけず海風が吹き募って肌寒い。この周辺も街路樹の南京櫨(なんきんはぜ)や紅葉葉楓(もみじばふう)が紅葉の盛りだが、さっき観た六義園には及ぶべくもないのは当然か。せめて紅蓮に燃える櫨を植えてほしいものだ。