アンリ・デュティユーの訃報にはちょっと唖然とした。いやなに、九十七歳での大往生なのだから驚くにはあたるまいが、昨日たまたま彼の交響曲のCDを聴いたばかりなので、出来すぎた偶然にたじろいだのだ。そもそも小生はデュティユーの楽曲なぞ滅多に耳にしないのである。虫の知らせか。まさかね。
"Ernest Ansermet Collection"
デュティユー: 交響曲 第一番*
マルチヌー: 交響曲 第四番**
エルネスト・アンセルメ指揮
スイス・ロマンド管弦楽団
1956年3月22日*、1967年3月15日**、ジュネーヴ(スタジオ収録?)
Cascavelle VEL 3127 (2008)
アンセルメがデュティユーを振るというのにいたく興味を惹かれた。実際これは珍しい聴きものだ。正規録音は勿論ない。
無調音楽を全否定し、第二次大戦後の音楽の趨勢を忌み嫌っていたアンセルメ翁は、十二音技法に帰依した盟友ストラヴィンスキーと絶交するとともに、戦後に活躍する次世代の作曲家ではマルタン、ブリテンなどごく少数の存在しか認めなかった。要するに「現代音楽」ときっぱり袂を分かって孤立した。
そうした立場のアンセルメ翁がデュティユーに肩入れしたのは理解できる。随所に無調風の手法を用いつつも調性を放棄せず、ルーセルやオネゲルの真摯な作風を受け継ぐ者として期待をかけたのであろう。この第一交響曲(1951)の演奏を聴くと、アンセルメの共感の深さの滲み出た周到な指揮ぶりが彷彿とする。
思い返すに小生がデュティユーの音楽を初めて接したのは1970年4月のこと。パリ管弦楽団との初来日を目前に期待の俊英ジョルジュ・プレートルの指揮した「現代フランス・バレエ傑作集」なるLP(1961録音
→CD覆刻)を手に入れて、そこでデュティユーのバレエ音楽「
狼」というのを耳にした。ただし、アルバムのお目当てはあくまでもプーランクの「牝鹿」だったから、「狼」については「バレエ音楽にしては面妖な、なんだか取りつきにくい音楽だなあ」と思ったに留まる。いかにも田舎者の高校生らしい幼稚な感想なのが我ながら情けない。余談だがこのLPはプレートルのサイン入りで今も書庫の奥に秘蔵する。
それとほぼ同時期に、フランスに戻った晩年のシャルル・ミュンシュが遺した一連の録音を纏めて聴いた折り、デュティユーの第二交響曲「
ル・ドゥーブル」と組曲「
メタボール」の存在を知った。ミュンシュもまた年下のデュティユーの熱烈な支持者だったのである。ただし当時の小生はこれらもじっくり聴き込むに至らなかった。初心者の耳にはひどく晦渋に響いて、豚に真珠、猫に小判さながら。カップリングされたルーセルやオネゲルの楽曲ほどには心の琴線に触れてこなかった。せっかく早い時期に出逢っていたのに残念至極だ。
一度すれ違ってしまうと、なかなか縁が巡っては来ないものだ。だから今も架蔵するデュティユーのディスクはごく僅かだ。ロストロポーヴィチが初演したチェロ協奏曲くらいではなかろうか。そう思って少し棚の奥を探ってみたら、ある、ある。忘れかけていた演奏の数々が見つかった。なので今夜はそれらを聴こう。
デュティユー: ピアノ・ソナタ*
フローラン・シュミット: 二つの幻影**
ポール・デュカ: ピアノ・ソナタ**
ピアノ/ジョン・オグドン
1971年6月**、7月*、ロンドン、アビー・ロード第一スタジオ
EMI Matrix 5 65996 2 (1996)
デュティユー:
「瞬間の神秘 Mystère de l’Instant」*
「メタボール Métaboles」**
音色、空間、運動 「星月夜 La Nuit Étoilée」**
パウル・ザッハー指揮*
コレギウム・ムジクム
ムスチスラフ・ロストロポーヴィチ指揮**
フランス国立管弦楽団
1982年7月**、1990年9月*、パリ、ラディオ・フランス第百三スタジオ
Erato--Radio France WE 810 ZK (1991)
デュティユー:
ヴァイオリン協奏曲「夢の樹 L’Arbre des Songes」*
音色、空間、運動 「星月夜」
「瞬間の神秘」**
ヴァイオリン/イザベル・ファン・クーレン*
ツィンバロム/マティアス・ヴュルシュ**
マルク・スーストロ指揮
バンベルク交響楽団
1997年4月、バンベルク、ヨーゼフ・カイルベルト・ザール
Koch Schwann 3-6491-2 (1998)