先日のクリス・マルケルの訃報に際し、《
ラ・ジュテ》を丸ごと再現した同題のスチル本を紹介したが、それに勝るとも劣らぬ「究極の」スチル本について書いておこう。数年前たまたま存在に気付いて入手したものの、余りの素晴らしさに「誰にも教えずに独占しておきたい」一冊として棚の奥にこっそり秘匿してきた。
Bob Willoughby:
Nur Pferden gibt man den Gnadenschuß
FILM/FOTO/DOKUMENTE
Nieswand Verlag, Kiel
1990
独逸で刊行された映画本を註文したのは生まれて初めて。今後もあるかどうか。
副題から映画関連のシリーズ本の一冊と知れるものの、それ以上はまるでわからない。悲しいかな独逸語の標題の意味が咄嗟に理解できないのだ。試みにgoogle 翻訳サイトで「独→英」変換してみると、"Horses, do not they shoot" となったので、やっと如何なる書物なのか諒解できた次第。
ええい、ままよと註文したものの、届くまでは半信半疑だった。そもそも1990年にもなって疾うに忘却の彼方だったろう米国ニュー・シネマの「呪われた傑作」を本にしようとする好事家が存在するだろうか。しかも遠く離れた独逸国に!
いやはや驚いた、これはジェーン・フォンダ主演の不朽の名作、故シドニー・ポラック監督作品《
ひとりぼっちの青春 They Shoot Horses, Don't They?》(1969)のスチル本なのであった。梱包を解いて頁を繰る指が思わず震えた。
若き日に観て震撼させられた「わが究極の一本」であるフィルムについて、拙ブログでは開設当初から縷々感想を書き綴った。
→馬だったら撃つでしょう?
→神様のピンチヒッター
→ホレス・マッコイをもとめて
四年前に英京でポラック監督の訃報に接した際も、この映画をしみじみ回想した。
→シドニー・ポラックに栄光あれ!
去年もまた性懲りもなく回顧している。執念深いのだ。
→廃馬を射つニヒリズム
→さあ踊れ、ここがアメリカだ
これは感動的な一冊だ。映画の各場面を写した「スチル写真」が物語順にずらり五十二枚並ぶのは実に壮観、というか凄絶。厳密には映画のシーンとはアングルや捕えた瞬間が微妙に異るし、縦構図のものも少なくない。小生の手元には米国と日本とで作製された宣伝用スチルが十数枚あるが、本書所収の写真はどれとも合致しない。それもその筈、本書に収められた写真は公式「スチル」ではなく、ハリウッドで活躍した写真家
ボブ・ウィロビー(1927~2009)のオリジナル特写なのだ(スタジオ外部のフリー写真家が撮影中セットに立ち入るのは極めて異例である)。
撮影中のポラック監督を被写体にしたものもある。冒頭の一枚を除き、全部が全部モノクロ写真なのが実にいい。《ひとりぼっちの青春》撮影現場に密着した臨場感たっぷりの迫真ドキュメントといったらいいか。印刷のクォリティも陰影に富んで秀逸。この作品を愛する者ならば必携の稀少な写真記録だ。
それにしても、こんな地味な企画がよくぞ本になったものだ。公開から二十年も経ってから写真集が出るのは滅多にないことだ。独逸ではこの作品は余程ヒットしたのだろうか。因みに同じこの Nieswand 刊行のシリーズには、やはりウィロビー撮影による《ヴァージニア・ウルフなんてこわくない》《卒業》《ローズマリーの赤ちゃん》の写真集も出ている由。