漸く厄介な机上仕事を終へてホツと一息つく。樣々な書き手の雜多な文體の随筆を一册に纏める。其の爲の準備作業。ちよつと氣を抜くと思はぬ間違ひを仕出かしさうなので緊張する。常に神經を尖らす必要がある。いやはや疲勞困憊だ。
"Martha Argerich: Live from the Concertgebouw 1978 & 1979"
バッハ: パルティータ 第二番*
ショパン: 夜想曲 第十三番 作品48-1、スケルツォ 第三番
バルトーク: ソナタ
ヒナステラ: アルゼンチン舞曲 作品2
プロコフィエフ: ソナタ 第七番*
■アンコール
スカルラッティ: ソナタ ニ短調 Kk.141/ L.422
バッハ: ブーレ ~ 英吉利組曲第二番
ピアノ/マルタ・アルヘリッチ
1978年5月7日、1979年4月22日*、アムステルダム、コンセルトヘバウ(實況)
EMI 5 56975 2 (2000)
アルヘリッチがドイツ・グラモフォンからEMIに移籍したのは丁度20世紀も押し詰まつた頃だつたのだが、彼女の獨奏録音拒絶の意思は一向に改まらなかつた。痺れを切らしたEMIは已む無く各地の放送局を渉猟、阿蘭陀に殘る彼女の「在りし日の」實況録音から「極め付き」を嚴選して新録音に代へた。恰も夭折した演奏家を偲ぶ追悼盤のやうな按排にである。複雜な思ひで此の新譜を手にしたのを憶へてゐる。
とは云ふものゝ此れは誰しも見逃せないアルバムである。アルヘリッチが屡々實演で採り上げ、本來ならばスタヂオ録音される可き肝要なレパートリーから二曲、卽ち
バルトークと
プロコフィエフのソナタが收録されてゐるからだ(來日公演でも彼女は前者を1976年、後者を1970、2000年に披露した)。嬉しい事に、此處で聽ける演奏はどちらも絶好調、技術的にもほゞ破綻の無い、目の覺めるやうな出來映へである。だからこそ彼女は此の實況録音の發賣を承諾したのだらう。
附言するならヒナステラの「亜爾然丁舞曲」にも、ショパンの夜想曲(第十三)にも、更にはアンコール曲の定番たるスカルラッティ(L.422)にも正規録音は存在しなかつた筈。「誰しも見逃せないアルバム」とは毫も誇張では無い。此れも亦必聽盤。
嗚呼、と深い嘆息をつく。若しも彼女が順調に獨奏曲録音を續けてゐたならばなあ。以下の如き正規アルバムを私達は座右に置いて樂しむ事が出來たものを。
《マルタ・アルヘリッチ/バルトーク・アルバム》
■バルトーク: アレグロ・バルバロ、ソナタ、舞踊組曲
《マルタ・アルヘリッチ/プロコフィエフ・アルバム》
■プロコフィエフ: 束の間の幻影、「ロミオとジュリエット」十の小品、ソナタ第七番
《マルタ・アルヘリッチ/ドビュッシー・アルバム》
■ドビュッシー: 版畫、子供の領分、映像
《マルタ・アルヘリッチ/ブラームス・アルバム》
■ブラームス: ソナタ 第二番、四つのバラード、間奏曲集
《マルタ・アルヘリッチ/ベートーヴェン ソナタ集》
■ベートーヴェン: ソナタ 第七番、第二十一番「ワルトシュタイン」、第二十八番
《マルタ・アルヘリッチ/スカルラッティ ソナタ集》 *
下線は來日公演曲目。
どれもが夢のまた夢と成り果てた。何と云ふ甚大な損失だらう。