近所の図書館に赴きモーリス・センダックの絵本を何冊か借り出した。疾うに手放したのやら、邦訳では架蔵しないのやら。その感想はさて措いて、そうだ、一昨日の追悼コンサートの続きを今日もやろう。
"Stravinsky: The Fairy's Kiss, Faun and Shepherdess, Ode"
ストラヴィンスキー:
牧神と女羊飼 作品2*
バレエ「妖精の接吻 Le Baiser de la fée」
頌歌
ソプラノ/ルーシー・シェルトン*
オリヴァー・ナッセン指揮
クリーヴランド管弦楽団
1995年11月、クリーヴランド、セヴェランス・ホール
Deutsche Grammophon 449 205-2 (1997)
オリヴァー・ナッセンの指揮術は驚くほど精妙だ。巨漢に似合わぬ繊細な感受性に恵まれ、品のよい色彩感と的確なリズム感が好もしい。仄かなニュアンスを振り撒きつつ魅惑的な音楽を創る人だ。
滅多に奏される機会のないストラヴィンスキー三作品をここまで巧みに聴かせるのは並大抵の技量ではあるまい。おそらく選曲はピエール・ブーレーズが録音しないレパートリーからの落穂拾いだったのだろうが、どの曲も実に瑞々しい音色配合と程よく制御された表情を湛えて響く。端倪すべからざる才能とはこのことだろう。とりわけ「
妖精の接吻」の上質な感傷表現の見事さといったら。往年のアンセルメや近年のN・ヤルヴィの秀演をも凌駕する出来映えだ。
おっと、危うく云い忘れるところだった。本CDでもアルバム・カヴァーをセンダックが担当している(
→これ)。
一昨日に聴いたナッセン自作自演盤に引き続きセンダックがこの装画を手がけたのは、永年にわたるナッセンとの交友の賜物だろう。ストラヴィンスキーとセンダックとは一見なんの接点もなさそうにみえるが、「妖精の接吻」はアンデルセン童話「氷姫 Iisjomfruen/ The Ice Maiden」(センダック好みの子攫いの話だ)に題材を得たバレエなのだから、そこにはやはり浅からぬ因縁が潜んでいる。
周知の如くストラヴィンスキーの「妖精の接吻」は全編これチャイコフスキーの様々な旋律の綴り合わせから成る(誰しも気づくのは名高い歌曲「ただ憧れを知る者だけが」だろう)。大先輩に対するオマージュにして巧妙精緻なパスティーシュと評すべき、過去と故国への郷愁に満ちた「後ろ向きの」音楽なのである。そこにも19世紀挿絵芸術への尽きせぬ憧憬からパスティーシュ的作風を敢えて志向したセンダックとの思いがけぬ類似性が認められよう。両者はここでは感傷的なパセイスト同士なのだ。まあ当のご本人はそこまで考えずに仕事を引き受けたことだろうが。