これまで六十年近く生きてきたが、今日ほどに充実した一日はあっただろうか。なにしろ朝から晩まで続けざまに
パーシー・グレインジャー三昧。ここはメルボルンでもロンドンでもない。東京でこんな催しに遭遇できるなんて夢のよう。思わず頬を抓る。
没後50年記念
パーシー・グレインジャー音楽祭2011
──国際シンポジウムとコンサート
11月27日(日)
青山学院大学青山キャンパス
10:30~12:00 六号館 621教室
ドキュメンタリー映画上映
《高貴なる野人 The Noble Savage》(字幕付での日本初公開)
英セントラル・インディペンデント・テレヴィジョン
1986年
監督/バリー・ギャヴィン
出演/サイモン・ラトル、コンティグリア兄弟、ロナルド・スティーヴィンソン、コーレ・ニゴール、ジョン・バード ほか
12:00~12:55 青学講堂ロビー
休憩=パーシー・グレインジャー自作自演SP鑑賞
13:15~14:10 青学講堂
コンサート1)
ピアノ・ソロ
演奏・解説/ペネロピ・スウェイツ
■ シェパーズ・ヘイ
■ 前奏曲 ト長調 ~少年期の習作(1893)
■ 前奏曲 ハ長調 ~少年期の習作(1893)
■ 楽しい鐘の音(バッハ「羊はのどかに草を食み」によるフリー・ランブル)
■ スコットランドのストラスペイとリール
■ 美しく新鮮な花(中国の旋律)
■ アイルランド、デリー州の調べ
■ 到着ホームで唄う鼻歌
■ 婚礼の子守唄
■ ユトランド民謡メドレー ~デンマーク民謡組曲
Choosing the Bride-The Dragoon’s Farewell - Husband and Wife:
a quarrelling duet - reprise: Choosing the Bride -
The Shoemaker from Jerusalem- Lord Peter’s Stable Boy
■ コロニアル・ソング
■ ストランド街のヘンデル
■ アンコール/サセックス・ママーズのクリスマス・キャロル
14:20~16:00 青学講堂
基調講演と国際シンポジウム
「グレインジャーのオーストラリアン・スピリットとグローバル・マインド」
講演/
ペネロピ・スウェイツ(ピアニスト、グレインジャー研究者)
チャロン・ラグズデイル(アーカンソー大学)
柿沼敏江(京都市立芸術大学)
アストリッド・クラウトシュナイダー(メルボルン大学グレインジャー博物館)
司会/
宮澤淳一(青山学院大学)
16:20~18:00 青学講堂
コンサート2)
ウィンド・セッション
指揮・解説/大澤健一
演奏/くにたちWINDS、国立音楽大学学生有志*
■ 組曲「リンカンシャーの花束」
1. Lisbon (Dublin Bay)
2. Horkstow Grange
3. Rufford Park Poachers
4. The Brisk Young Sailor
5. Lord Melbourne
6. The Lost Lady Found
■ 日曜日が来れば私は十七歳*
■ アイルランド、デリー州の調べ*
■ 岸辺のモリー
18:10~19:30 青学講堂
コンサート3)
ピアノ・チームワーク+フィナーレ
演奏・解説/伊賀あゆみ&山口雅敏デュオ
■ 子供の行進曲「丘を越えて遙かに」
■ カントリー・ガーデンズ
■ ウォーキング・チューン
■ 緑の草原で楽しく踊ろう
■ シェパーズ・ヘイ
■ 楽しい鐘の音
■ アディンセルの「ワルソー・コンチェルト」(グレインジャー編)
■ ガーシュウィン「ポーギーとベス」による幻想曲(グレインジャー編)
■ アンコール/ザンジバルの舟歌 *P・スウェイツとの三人連弾
■ フィナーレ/ガムサッカーズ・マーチ *くにたちWINDSとの合奏
朝の十時半から宵の七時半までぶっ通しで九時間。途中ちょっと緊張の糸が切れそうになる瞬間もなくはなかったが、今はマラソンを完走したような満足感に充たされている。こんなグレインジャー尽くしの体験は生涯でもう二度と味わうことはないであろう。忘れられない一日。冥途へのこよなき土産。
本当にこれだけ盛り沢山の内容をじかに見聞したとは未だに信じがたい気がする。こうして時間表と曲目を書き連ねるだけで一時間を要する位なのだ。夢にまで見たグレインジャー・フェスティヴァルが現実のものとなったのだから今という時代も捨てたもんぢゃない。大袈裟ではなしに、生きていてよかった。
ドキュメント映画《
高貴なる野人》を観るのは二度目(五年前の感想文は
→ここ)。想いは前回と同じだが、今回は周到にして懇切な字幕附きなので隅々まで理解が深まった。グレインジャーの人となりを「早わかり(In a Nutshell)」できる有益なフィルムであるばかりか、繰り返し鑑賞するに値する深い内容。再見が叶って嬉しい。
朝の大教室は底冷えする。芯まで凍てついた体を自販機の缶珈琲で温めると河岸を代え、大講堂へ移動。リハーサル中なので暫くロビーで待機。その間もヴィクトローラの手回し蓄音器でグレインジャーの自作自演SPを聴かせる趣向は気が利いている。臨時売店にはCDや楽譜もいろいろ並ぶ。
急がしそうに早足で駆け回る主宰者の
宮澤淳一さんにちょっと会釈。今回の催しの仕掛人である。数々の紹介記事やCDライナーノーツ執筆に加え、十年以上前から小さなスペースでグレインジャーの演奏会を催してこられた。永年にわたる夢の実現を寿ぎ、心から謝意を捧げたい。
ペネロピ・スウェイツ女史のグレインジャーが天下一品なのは夙に知られていよう。何枚ものディスク(レヴューは
→ここ)で馴染んでいたものの、来日はこれが初めて。間近に接すると魔法のような音色と絶妙な和声に改めて惚れ惚れ。この味わいの濃さ、テンポの緩急をどう表現したらいいのか。ヴィルトゥオーゾ系のピアニスト達には及びもつかぬ前人未到の境地なのだ。選曲も申し分ないが、アッと云う間に終わってしまった感があって心残り。もっともっと聴きたくなる。
(まだ書きかけ)