続けざまに聴いてきた "EMI Ballet Edition" ロシア篇をもう一組。
今ふと思ったのだが、EMIは歴史こそ長いレコード界の老舗中の老舗であるが、その割にレパートリーが狭隘で、ロシア・ソ連音楽を系統だてて録音してこなかったような気がする。昨日のストラヴィンスキー篇でも、『妖精の口づけ』は香港フィルが所有する音源の借用だし、『ペルセフォネ』も子会社ヴァージンが独自に録音したものの転用なのだ。LP時代の60~70年代、EMIはソ連の国営レコード会社と契約し、メロジヤ音源を独占的に出していたから、それに頼り切ってロシア音楽の自社録音が手薄になったという事情もあろう。こういうアンソロジーを編むとき、図らずもそうした弱点が露呈するのだ。
"Russian Ballet Music"
リムスキー=コルサコフ:
バレエ『シェエラザード』全曲+α*
ハチャトゥーリャン:
バレエ『スパルタクス』抜粋**
バレエ『ガヤネー』抜粋***
グラズノーフ:
バレエ『四季』全曲****
ショスタコーヴィチ:
バレエ組曲『黄金時代』抜粋*****
タヒチ・トロット ~バレエ『黄金時代』間奏曲******
リッカルド・ムーティ指揮
フィラデルフィア管弦楽団*
アラム・ハチャトゥーリャン指揮
ロンドン交響楽団**
ユーリー・チェミルカーノフ指揮
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団***
エヴゲニー・スヴェトラーノフ指揮
フィルハーモニア管弦楽団****
ロバート・アーヴィング指揮
フィルハーモニア管弦楽団*****
パーヴォ・ヤルヴィ指揮
ラディオ・フランス・フィルハーモニー管弦楽団******
1982年2月8日、フィラデルフィア、オールド・メット*
1977年2月2~4日、ロンドン、アビー・ロード第一スタジオ**
1983年11月10~11日、85年2月1日、ロンドン、アビー・ロード第一スタジオ***
1977年10月7日、ロンドン、アビー・ロード第一スタジオ****
1960年6月20~21日、ロンドン、キングズウェイ・ホール*****
2002年12月もしくは03年6月、パリ、
ラディオ・フランス、オリヴィエ・メシアン楽堂******
EMI 9 49824 2 (2011)
この二枚組の呉越同舟ぶりはどうだ。R=コルサコフの後いきなりハチャトゥーリャンでは唐突すぎて発狂しそう。せめてアサフィエフの『
バフチサライの泉』か、グリエールの『
赤い罌粟』か、それが無理ならせめてプロコフィエフの初期バレエでも組み込めなかったものか。
『
シェエラザード』が元来はバレエ音楽ではないのは誰もが知る常識だ。同時にこの曲が西欧でかくも人口に膾炙したのはディアギレフのバレエ・リュスがこれを無理矢理「酒池肉林」バレエに仕立て上げたお蔭なのも、これまた常識である。
もともと標題音楽(シンドバッドやカランダール王子らの冒険譚。作曲者はそれを隠そうともした)なのに、アラビア後宮での愛慾と殺戮の物語をあてがい、挙句の果てはプロットに合わない第三楽章を割愛した。R=コルサコフが知ったら憤死しそうな所業である。だがその心配はない。作曲家は二年前に歿していたのだから。とはいえディアギレフもまた門下生の端くれではなかったのか?
続くハチャトゥーリャンは滅多に聴くことがない。『
スパルタクス』も『
ガヤネー』も何十年ぶりだろうか。こんなにも底の浅い音楽が一世を風靡していたのかと思うと嫌になる。ソ連邦で称揚された「健康な」写実絵画にも似た空虚さを感じざるを得ない。もう二度と見聞きすることはないだろう。
それと比較するまでもないがグラズノーフの『
四季』はいかにも上質で巧緻な音楽。オーケストレーションの練達と創意には舌を巻くほかない。この曲に夢中になって聴き惚れた中学生時代が懐かしい。アンセルメ盤とハイキン盤が共に甲乙つけがたい名演奏だった。
スヴェトラーノフの解釈はそれらに較べるといかにも重たげな詠嘆調、もしくは構えの大きい交響詩風で、必ずしもダンサブルでないのが玉に瑕。たいがい省かれる「秋」の終盤近い「サテュロスのヴァリアシオン」がちゃんと聴けるのは利点だが。
このあと続けて門下生ショスタコーヴィチのバレエに流れ込むディスクの構成は悪くない。ただしEMIには音源が乏しいようで、半世紀も前のロバート・アーヴィングの指揮する『
黄金時代』組曲が引っ張り出される。なんたる古めかしさ…かと思いきや、これが実に目の覚めるように快活で洒脱な演奏なのに吃驚。永年サドラーズ・ウェルズやNYシティ・バレエでピットに入っていただけのことはある。リズムの冴えが光った名演なのである。恐るべしアーヴィング。いっそ『四季』も彼の指揮による演奏(キャピトル原盤)に差し替えたほうがいい気さえする。
惜しまれるのは『黄金時代』組曲から第二曲「アダージョ」が無断で省かれてしまったこと(解説書にはなんの断りもない)。恐らく収録時間の制約からだろうが残念な処置だ。いっそ(バレエでは不要な)『シェエラザード』の第三楽章「若き王子と王女」をカットしたほうが気が利いていよう。
その埋め合わせなのだろうか、最後に「
タヒチ・トロット」が附録として加わる。本来は独立した管弦楽用小品だったものだが、好評につきバレエ『黄金時代』の間奏曲として再利用されたから、これもまたバレエ音楽なのだ、というのが製作者の云い分なのだろうが、それならば管弦楽を改めた別ヴァージョン(サクソフォーン独奏が加わる)でなければならない筈だ。EMIにはその版を用いたマリス・ヤンソンス指揮の演奏だってあるのに、げに浅知恵と無知とは悲しきもの。まあ、このパーヴォ・ヤルヴィ指揮の演奏もこれはこれで悪くない出来だが。
さて本盤のカヴァー写真は無難に『シェエラザード』からゾベイダと金の奴隷の場面(
→これ)。踊り手はエレーナ・グルルジーゼとドミートリー・グルジエフ、イングリッシュ・ナショナル・バレエ公演より。