続いて聴くのはチャイコフスキーのバレエ音楽、といっても『白鳥湖』でも『眠姫』でも『胡桃割』でもない。ほかに何があるというのか。実はこのディスクに収められているのは作曲者自身まるで与り知らぬバレエばかりなのだ。
"Tchaikovsky Ballets"
チャイコフスキー:
バレエ『オネーギン』抜粋(クルト=ハインツ・シュトルツェ編)*
バレエ『主題と変奏』**
バレエ「ダイアモンド」 ~『宝石 Jewels』***
バレエ『帝室バレエ Ballet Imperial』****
ジョン・ランチベリー指揮
シドニー交響楽団*
ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮
ミラノ・スカーラ座管弦楽団**
リッカルド・ムーティ指揮
フィルハーモニア管弦楽団***
ピアノ/ピーター・ドノホー
ヴァイオリン/ナイジェル・ケネディ
チェロ/スティーヴン・イサーリス
ルドルフ・バルシャイ指揮
ボーンマス交響楽団****
1977年頃、シドニー(ABC録音)*
1960年9月12~16日、ミラノ、スカーラ座**
1977年6~7月、ロンドン、アビー・ロード第一スタジオ***
1986年8月3~4日、ドーセット、
プール・アーツ・センター、ウェセックス・ホール****
EMI 6 48620 2 (2010)
チャイコフスキーの音楽による『
オネーギン』なるバレエがあることは知っていたが、最近まで同名のオペラの音楽を援用したものとばかり思い込んでいた。シチェドリンの『カルメン組曲』みたいに。振付家
ジョン・クランコの当初の目論見も実はその線だったのだが、周囲の反対に遭ってチャイコフスキーの雑多な作品(主にピアノ小品)を寄せ集め、綴り合わせて「エヴゲニー・オネーギン」を物語ることにした由。
編曲を手掛けたのはクルト=ハインツ・シュトルツェなる独人。チャイコフスキー風のアレンジをそれらしく施し、そこそこ健闘している。随所に聴き憶えある主題が明滅してまるきり未知の音楽という気がしない。だからといって、これを「チャイコフスキーのバレエ」と呼ぶのは躊躇する。このコラージュ的創作はやはり邪道だし、いかにも紛い物のパスティーシュだ。ボロディンやグリーグの楽曲からミュージカルを拵えてしまう発想と同根だろう。初演は1965年、シュトゥットガルト。
残りの三作はすべて
ジョージ・バランシンの創作バレエ。いずれもチャイコフスキーの非バレエ音楽に振り付ける手法で新作を編んだ。用いた楽曲は『
主題と変奏』が
組曲第三番(の終曲)、「
ダイアモンド」(三部構成バレエ『宝石』第三部)は
交響曲第三番(の第二楽章以降)、『
帝室バレエ』は
ピアノ協奏曲第二番(の全体)。有名曲を避け、あまり耳馴染のない曲をバレエに仕立てたといえそうだ。
ディスクで耳にする限り、これらをバレエ音楽だと認識するのは甚だ困難である。最初の『主題と変奏』はともかく、「ダイアモンド」はどうしても(途中から聴いた)第三交響曲「ポーランド」だし、『帝室バレエ』は第二ピアノ協奏曲以外の何物にも聴こえない。これもバレエなのだ、と自分に言い聞かせねばならぬ。
バレエ音楽アンソロジーの一巻としてなるほど面白い企てだが、果たしてチャイコフスキーをこのように抜粋してアルバムで聴く意義があるのかといえば些か疑問だ。こうした「流用された曲」までもバレエ音楽に含めていいのなら、チャイコフスキーの第五交響曲やベルリオーズの幻想交響曲だって立派にバレエ音楽になる。どちらもレオニード・マシーンが全曲をバレエ化しているからだ。
カヴァー写真(
→これ)は「ダイアモンド」の一場面。踊るはマリインスキー・バレエ公演におけるヴェロニカ・パルトとダニーラ・コルスンツェフ。