昨日は朝七時半に帰宅するとすぐシャワーを浴びて就眠。やはり深夜バスの長旅は骨身にこたえた。昼過ぎに目覚めて旅の備忘録をせっせとしたためるが、これも書き終わらず夜になった。またもや就眠。
そして目覚めた今朝は首と肩とがきしむように痛い。昨日よりも辛いほどだ。歳をわきまえず行動すると碌なことはない。ずっとこのまま横になっていたいのだが、明日に迫る連載の締切が待ってはくれぬ。渋々起き出して構想を練る。今やっと冒頭を書き始めたところ。さて首尾はいかに。
背後では一昨日の観劇に因んで久々モンテヴェルディの『ポッペア』をかける。漫然と聴き流すつもりが、ついつい意識がそちらに向かい、キーボードを打つ手が鈍るのはこれも音楽の力のなせる業か。
モンテヴェルディ:
歌劇『ポッペアの戴冠』全曲(ナポリ稿)
ポッペア/キャサリン・マルフィターノ
ネローネ/ジョン・エルウェス
オッタヴィア/ゼハヴァ・ガル
オットーネ/ジェラール・レーヌ
セーネカ/グレゴリー・ラインハート
ドルジッラ/コレット・アリオ=リュガ
アルナルタ/イアン・ハニーマン
オッタヴィアの乳母/ギー・ド・メー
ルカーノ/マイケル・ゴールドソープ
運の化身/マルティーヌ・マスクラン
徳の化身/カトリーヌ・デュソー
愛の神/ドミニク・ヴィス ほか
ジャン=クロード・マルゴワール指揮
ラ・グランド・エキュリー・エ・ラ・シャンブル・デュ・ロワ
1984年2月1~16日、12月11~12日、パリ、ノートル=ダム・ド・リバン
CBS 39728 (1985)
互いに異同の少なくないヴェネツィア稿、ナポリ稿という二種の不完全な改竄草稿しか現存せず、曲目の取捨選択と配列、欠落箇所の補填、伴奏アンサンブルの楽器選定や演奏譜の作製…と悩ましい問題が続出する『ポッペア』だが、これは初めて「ナポリ稿」準拠を明確に謳った点で演奏史に特筆すべき録音である。デジタル録音として初の全曲盤でもある。
フランス・バロックの権威でヘンデルのオペラも得意とする巨匠マルゴワールが満を持してモンテヴェルディのオペラと取り組む。当時のバロック・オペラ歌手を欧州各地から招集し、タイトル・ロールには当代屈指の『サロメ』『トスカ』歌いとして絶頂期にある
キャサリン・マルフィターノを招いた贅沢なキャストである。伴奏アンサンブルはマルゴワールの手兵たる「大厩舎・王室附楽団」の面々。ダルシアン(dulcian 木管楽器)担当は若き日のマルク・ミンコフスキだ。
当節流行の闊達自在な演奏様式とは異なり幾分か荘重さに傾いたスタイルなのだろうが、掬すべき歌唱とドラマティックな奥行と持続性に長じた名演である。ヒロインたるマルフィターノは堂々と格調高い歌唱。危惧された違和感や突出感はなくアンサンブルにしっくり溶け込む。ここで用いられるのは恐らくマルゴワール独自の校訂版か。伴奏楽器はチェロ、ヴィオラ・ダ・ガンバ、リュート二挺、ハープ、オルガン・ポルタティフ、チェンバロ二台(以上が通奏低音)、ヴァイオリン四挺、ヴィオローネ、ブロックフレーテ、ダルシアン、コルネット二本、サックバット(以上がリトルネッロ)という編成。必要充分な布陣で終幕では程よい祝祭感を醸し出す。こうでなくっちゃね。
《ポッペア》演奏史に一時代を劃すべき全曲録音の金字塔であろう。にもかかわらず1985年にLP(四枚組)とCD(三枚組)で世に出て以来、四半世紀以上も等閑視され、目にする機会すら極めて乏しい稀覯盤(小生も探すのに十年かかった)となり果てたのはいかなる事情なのか。些か賞味期限の切れた感のあるアルノンクールの旧演奏が何度となく再登場しているのと対照的に不遇な扱いに甘んじている。
ネローネ役に男声を振るのはオタンティックの見地から当今は好まれないようだが、小生はこれはこれで構わない。少なくもディスクで聴く愛の二重唱はこのほうが納得できる。ちょうど十年前、幸運にも巴里のシャンゼリゼ劇場でマルゴワール指揮の『ポッペア』の舞台に接する機会に恵まれたのだが、その折にも主役ふたりは矢張り男女に配役されていた(ヤツェク・レシュチュコフスキとロランス・フランソワ)。もう細部までは思い出せないが、心震わす『ポッペア』体験のひとつである。