今年も9月11日が巡ってきた。新聞でもTVでも毎年必ず報じられるので忘れはしないが、その当日だからといって拙ブログでは話題にすることがなかった。五年前に小さな記事を書いたのが後にも先にも唯一だと思う。それを再録しておく。
あれから今日でちょうど五年目。CNNもBBCもこのニュースでもちきりだ。
あの日、小生はたまたま出張で、雨の降りしきる金沢にいた。
金沢美術工芸大学から英国の彫刻家アニッシュ・カプーアに委嘱された作品が完成し、9月11日の夕方、そのお披露目の会があると聞いてはるばる出掛けたのだ。金沢の誇る伝統工芸品の漆を用いたという新作ももちろん楽しみだったが、この機会にカプーアご本人にお会いして、日本での展覧会開催の可能性を探りたいという目論見もあった(当時は美術館学芸員だったので)。
直径二メートルはあろうか。深紅色をした円盤状の物体が壁に取り付けられている。表面は凹面鏡のようにつるつるに磨き上げられ、正面に立ってみると鑑賞者自身の倒立像が映り込む。近寄るとその反映はかき消され、さらに接近すると今度は正立像が現れる──つくづく不思議な作品だ。たまたま二年前にロンドンで類似作を観ていたから、あっと驚きはしなかったが、日本古来の漆の技術を用いたところが面白いし、金沢に設置される必然性もあるなあと感心した。
当然ながら、この日のカプーアは遠来の賓客として多くの関係者に囲まれ、じっくり話す時間などあろうはずもない。そこで翌日に改めてお会いする約束を取りつけ、早々に退散した。
篠つく雨のなかを金沢市街まで戻り、たまたま目にとまった居酒屋に入って、そこで晩飯を兼ねて二時間ほど呑んだだろうか。
そろそろホテルに戻ろうと、タクシーを呼びとめた。乗り込むと、車内TVの小さな画面で、何やらパニック映画をやっている様子だ。高層ビルからもうもうと煙が上がっている。「これ、何の映画?」──すかさず運チャンが打ち消す。「違う、生中継だよ。今アメリカが大変らしい」。たしかに、番組は「ニュースステーション」だった。
この夜、ホテルのTVに釘付けになったまま、ほとんど一睡もできなかったのは言うまでもない。おそらく世界中の誰もがそうだったように。
翌日お目にかかったカプーアとて同じだった。高名なアーティストも深甚なショックを隠さない。恐ろしい時代が到来した… これから世界はどうなってしまうのか…。この日、将来の展覧会企画を語り合う雰囲気にはどうしてもならなかったのを思い出す。
あれから五年が経った。日本ではいまだに「アニッシュ・カプーア展」は開催に至っていない。なんとも残念なことだ。
更に五年を経て読み返してみて、いかにも傍観者然とした書きぶりが情けなくなる。どれほど惨事の衝撃が大きかろうと所詮は対岸の火事に過ぎなかったのだ。
もはやそうした無節操な態度は許されない。十年前の「9・11」と半年前の「3・11」──ふたつの日付は今や分かち難く結びついてしまった。全く性格を異にする事象なのに、それ以前と以後とで世界のありようが一変した点で両者は双生児さながらだ。これは天の配剤なのか、春分と秋分のようにきっかり半年を隔てた日付を片時も忘れることなく、私たちはこれからの人生を生きて死ぬのである。