昨日のデモの疲れからか寝坊して家人から叱責された。上天気なのだから早く起きてサイクリングに出掛けようと。そうであった、肝腎の地元での花見がまだだった。
半時間後いそいそと出発。近所の川岸の散歩道をずうっと十キロほど上流まで遡る。道沿いにあちこち桜が植わっていて、どの樹も満開だ。走りながらサドル上から花を愛でようという寸法である。
昨年は家人が体調を崩していて恒例のサイクリングは中止だった。二年ぶりに心地よい春風に吹かれ土手を走る快感に、思わず日常の憂さをしばし忘れる。
咲いているのは桜ばかりでない、桃も辛夷も菜の花も満開なのだ。自転車を止め、路傍に目を凝らすと、小さな菫や花韮、仏の座、大犬の陰嚢が可憐に咲き競っている。決して季節を違えぬ自然の健気さに胸打たれる。
大地震からちょうど一箇月。内心に不安と恐怖を抱えつつ桜の下でひとときの平安を取り戻す。往復二十キロのサイクリングはさすがに草臥れて、帰りつくと膝ががくがくした。
夕方かなり強い地震があり、容易ならぬ現実に引き戻される。