いつもより遅れてようやく "BBC Music" 誌の四月号が届いた。注目の巻頭特集は 'The 20 Greatest Conductors of All Time' という。現役のオーケストラ指揮者百人がアンケートに答えて三人ずつ推奨した古今の名指揮者を集計したもので、副題には 'As chosen by 100 of today's leading maestros' とある。
ファンや評論家ではなく同業者たちが選ぶのが興味の的だが、いざ結果が出てみると案外と平凡極まりない人選なのに拍子抜け。トスカニーニ、フルトヴェングラー、カラヤン、バーンスタインなど、誰でも思いつくような大指揮者の名がごく当たり前に二十人分ずらりと並んだだけだ。そんなものなのかなあ。
ただし各指揮者の挙げた三人を個別にみると、それなりに興趣が湧いてくる。
シャルル・デュトワ
■エルネスト・アンセルメ
■ヘルベルト・フォン・カラヤン
■シャルル・ミュンシュ
ワレリー・ゲルギエフ
■ヴィルヘルム・フルトヴェングラー
■ディミトリ・ミトロプロス
■レナード・バーンスタイン
ウラジーミル・ユロフスキー
■レナード・バーンスタイン
■カルロス・クライバー
■ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー
ネヴィル・マリナー
■ピエール・モントゥー
■ヨーゼフ・クリップス
■ジョージ・セル
マイケル・ティルソン・トマス
■アンタル・ドラーティ
■ピエール・モントゥー
■ピエール・ブーレーズ
成程なあと感心する。例えば
デュトワの選んだ
アンセルメと
カラヤンと
ミュンシュ。三人の芸風を程良くブレンドするとわが指揮になるぞよと出自を告白しているようにみえる。
ゲルギエフがロシアの先輩の名をひとりも挙げないのが意外だが、交響楽もオペラも同等に窮めたという点で、彼の理想に叶った人選ともいえようか。
マリナーが恩師
モントゥーの名を筆頭に掲げるのは当然だが、
M・T・トマスも同調しているのが面白い。そういえば
ドラーティも
ブーレーズも『春の祭典』で名を上げた人だ。
全く予想外だったのは古楽器系の指揮者たちの人選である。
ウィリアム・クリスティ
■エーリヒ・ラインスドルフ
■レナード・バーンスタイン
■サイモン・ラトル
ジョン・エリオット・ガーディナー
■ピエール・モントゥー
■ルドルフ・ケンペ
■チャールズ・マッケラス
ニコラウス・アルノンクール
■エーリヒ・クライバー
■フェレンツ・フリッチャイ
■ジョージ・セル
ロジャー・ノリントン
■カルロ・マリア・ジュリーニ
■カルロス・クライバー
■コリン・デイヴィス
ルネ・ヤーコプス
■レナード・バーンスタイン
■クラウディオ・アッバード
■サイモン・ラトル
マルク・ミンコフスキ
■ヘルマン・シェルヘン
■シャルル・ブリュック
■サイモン・ラトル
へえ、そんなもんかいな、と目を丸くする。誰ひとりバロック演奏の先人たち(ミュンヒンガー、ファザーノ、パイヤール、マリナー、リリング、コルボら)の名を挙げないのはまあ当然として、
クリスティと
ヤーコプスと
ミンコフスキが揃いも揃って
ラトルを推奨するとはちょっとした驚きである。
アルノンクールが言及する三人は恐らく若き日にチェロ奏者として謦咳に接した巨匠たちなのだろう。
最も意表を突いたのはこの回答だろうか。
ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー
■ウィリー・フェレーロ
■ナタン・ラフリン
■オットー・クレンペラー
ロジェストヴェンスキーが
クレンペラーを推すのも意外なら、西欧では殆ど知られない
ラフリン Натан Григорьевич Рахлин を敢えて挙げるのも驚きである。ショスタコーヴィチの第十一交響曲の初演者としてのみ記憶される忘れられた指揮者だからだ。
フェレーロ Willy Ferrero (1906~1954)に至っては聞いた憶えがない名だ。所謂「神童」指揮者として六歳(!)でデビュー、ロシア皇帝ニコライ二世の招きで帝室管弦楽団を振ったという。だがその後のキャリアは一向にパッとせず、「二十歳過ぎれば只の人」の倣いで、晩年デ・シーカの《自転車泥棒》やヴィスコンティの《揺れる大地》の映画音楽に係わったことで辛くも名を残す。ロジェストヴェンスキーが彼の名を本気で挙げたのか、冗談なのか、その真意は謎である。
ところでわが鍾愛の指揮者であるポール・パレーはといえば、残念ながら誰ひとりとして言及していない…かと思いきや、予想外の人物がその名を挙げている。
ネーメ・ヤルヴィ
■ハンス・クナパーツブッシュ
■ヘルマン・シェルヘン
■ポール・パレー
この人選も謎めいている。まるで脈絡のない三人だが、
ヤルヴィはかつてデトロイト響の首席指揮者だった経験があり、その顰から偉大な先達
パレーに敬意を表したのだろう。そのデトロイト響が解散の危機に瀕しているのは皮肉なことだ。
面白いのはヤルヴィの息子たちの意思表示である。
パーヴォ・ヤルヴィ
■ネーメ・ヤルヴィ
■レナード・バーンスタイン
■ヴィルヘルム・フルトヴェングラー
クリスティアン・ヤルヴィ
■レナード・バーンスタイン
■カルロス・クライバー
■ネーメ・ヤルヴィ
ううむ…、ふたりの息子がまるで申し合わせたように父
ヤルヴィの名を臆面もなく堂々と掲げているのはなんだか微笑ましいというか、親バカ子バカというか。
それに引き比べてわがニッポン出身の指揮者たちの回答は、なんというか、遙かにまっとうにして生真面目である。その分ちょっと面白味には欠けるが。
尾高忠明
■カール・シューリヒト
■ヨーゼフ・カイルベルト
■ロヴロ・フォン・マタチッチ
鈴木雅明
■カール・リヒター
■レナード・バーンスタイン
■ニコラウス・アルノンクール
ついでに蛇足ながら、アンケートに名を連ねてはいない百一番目の人物の代理を務めておこうか。まずはこれで間違いのない人選と思うからだ。
小澤征爾
■シャルル・ミュンシュ
■レナード・バーンスタイン
■ヘルベルト・フォン・カラヤン