雨模様の土曜日。しとしと降りの一日だが、かねて予約してあった講演会がある。
創立十周年を迎えた国立国会図書館国際子ども図書館で「
絵本の黄金時代」という展示会が開催中だ。その監修者である
島多代さんが「
絵本が運んだ子どもたちへの伝言:1920年代」という演題で話されるというので雨のなかを出向いてきた。
まずは展示室をざっと見学。実は開催初日(9月18日)にも詳しく観ているので今日はあちこちを摘み食いするようにささっと。
ここに展示された大半の絵本は島さんの私設図書室「
ミュゼ・イマジネール」からの出品である由。マヤコフスキーの絵本『
海と灯台についての私の小さな本』にも挨拶。六年前の「幻のロシア絵本 1920~30年代」展にも並んだ重要な一冊だ。
会場の片隅で本展カタログを発見。当然ぢゃないかと云うなかれ。この図書館では
自ら刊行したカタログを会場では一切販売しないという世界的にも稀な方針を十年間ずっと貫いているのだ。なんとも理解に苦しむが、かかる非常識が罷り通るのがニッポン国ダイエット図書館である。今日は講演会当日ということで製作を請け負った会社が特別に出張販売して下さる。謹んで恭しく購入させていただいた。
まあお上のやることだからとやかく文句を言っても始まらない。腹を立てても徒労というものだ。やがて所定の一時半になったので大人しく講演会場へ。
受付を済ませて席に着くと、島さんはすでに演壇で画像チェック中。「聴きにきました」と軽く会釈すると「あら」という表情で悪戯っぽく「やだなあ」と応ずる。
高名な島さんの登壇とあって席は予約で満員。キャンセル待ちの列ができている。二時からの講演ではまず展示では表紙しか見られないアメリカとロシアの絵本の「中身」、すなわち見開きの画像をたてつづけに投影。アメリカ絵本に不案内な小生には初めて観るものも多数あって裨益するところが大きかった。
そのあと話はアメリカ、ソ連それぞれの1920年代に絵本がいかなる社会的背景下で生まれ、発展したかが概説される。脱線と逸脱は島さんの話の常なのだが、今日の講演は思いのほか本筋が明確。片や商業主義とデザイナー主導、片や社会主義の国策とアヴァンギャルド芸術、とまるで異なる土壌から全く同時代に20世紀で最も魅力的な絵本が陸続と生み出された不思議さ。優れた絵本はそれを生み出した大人たちの切実なメッセージの所産なのだという事実をまざまざと実感させられた。
講演後
松谷さやか女史に遭遇。島さんと連名で上述のマヤコフスキー絵本の邦訳『
海と灯台の本』をご恵贈くださったのでそのお礼を申し上げると、「翻訳どうだった?」と尋ねられる。「とても読みやすいし、小笠原豊樹訳とは違った優しさが感じられる。これを世界に先駆けて日本で復刊できたのは快挙です」とお答えした。この絵本の翻訳刊行は島さんと松谷さんの永年の悲願だったのである。
外に出たらひどい本降り。傘を差しても駅まで戻ると袖も裾もぐしょ濡れになった。
追記)
マヤコフスキーの灯台の絵本については以下の拙文をお読みいただきたい。
→死んだ男の残したものは
→夜の闇を照らす孤独な灯台
→子どもたちよ、灯台のようであれ!