雨降りなので花見も儘ならない。もう散ってしまうのだろうか。悲しいなあ。
ふとした拍子に弦楽四重奏を聴いてみたくなった。滅多にないこと故、手近なところに適当なディスクが見当たらない。あちこち棚の奥をまさぐったら、こんなアルバムがひょっこり姿を現した。かなり以前に一度耳にしたきり(
→このとき)すっかり忘れて放置していたものだ。
今夜はこれをじっくり味わってみることにしよう。
"Leoš Janáček & Kamila Stösslová"
作曲家とカミラ夫人との往復書簡
ヤナーチェク:
弦楽四重奏曲 第一番「クロイツェル・ソナタ」
弦楽四重奏曲 第二番「内緒の手紙」
朗読/
Hanns Zischler & Martina Gedeck*(ドイツ語)
Alfred Strejček & Jitka Molavcová**(チェコ語)
ヤナーチェク四重奏団***
2003年7月15日*、6月18、19日**、 7月3~5日***、
メッヒェルニヒ、テロス音楽スタジオ
telos music TLS 068 (2003)
カミラ夫人に夢中、というと某国の皇太子みたいだが、そうではなくてモラヴィアの大作曲家
レオシュ・ヤナーチェクの話である。晩年の作曲家は三十七歳も年下の人妻
カミラ・シュテッスロヴァーにぞっこん首ったけだった(
→写真)。
このアルバムが秀逸なのは両者の間で交わされた往復書簡(全部で七百通!もあるそうな)の抜粋をドイツ語とチェコ語で朗読したものをCD1に収め、そのうえでCD2で二曲のクァルテットを聴かせようと工夫したこと。手紙にはこんな一節もある。
親愛なるカミラ夫人!
チェコ四重奏団が僕の作品を弾いた演奏ほど見事なものを耳にしたことがありません。一年前に作曲した当の僕でさえも吃驚したほどです。僕が念頭においていたのは、ロシアの文豪トルストイが小説『クロイツェル・ソナタ』で描き出したひとりの不幸な女──悩み、打ちのめされ、悶え苦しむ女のことなんです。この曲は金曜日と月曜日にも再演されるらしい、そしてやがて世界中でもね。
人目を憚らないカミラ夫人との交際からは、ヒロインに彼女の俤を封じ込めたオペラ『
カーチャ・カバノヴァー』が、『
利口な牝狐の物語』が、『
マクロプロス家事件』が、矢継ぎ早に書かれることになった。彼女は彼のミューズだったのである。この「老いらくの」不倫の恋も音楽史的にみるなら稔り豊かだったといわねばなるまい。
ヤナーチェクの率直さというか、臆面のなさには唖然とする。第二四重奏曲の標題「
内緒の手紙 Listy důvěrné」とはほかでもない、ふたりの間で交わされた恋文のことだからだ。何ひとつ隠しだてせず、心の赴くまま自在に流れ出る音楽の芳醇な生(き)の魅力の虜になる。全くもって凄い人だなあ。